はじめに

はじめに

 私は、1971年に医学部を卒業してすぐ、母校の岡山大学医学部産婦人科学教室に所属して産婦人科の研修を始めました。1979年に開業するまでに数ヶ所の総合病院に勤務し、本当に寝る間もなく基礎的な研修から、悪性腫瘍の治療まで学びました。また、「胎児低酸素症における糖代謝」という周産期学の研究で医学博士を授与されました。
 当時は、第二次ベビーブームでしたので、お産にもたくさん立会い、異常出産の経験もいたしました。しかし、お産を本当に考え、生む女性の立場から見直すことになったのは開業してからでした。それまで、当時行われていた仰臥位分娩に、何ら疑問を感じたことはありませんでした。
 そんな私に寄せられた妻の何気ない質問から、分娩の体位を考えるようになり、座位分娩台スペースメールが誕生いたしました。株式会社モリタ制作所で製造される座位分娩台スペースメールは、現在、販売台数が1000台を超え、日本のお産の形を着実に変えています。2001年にはLDR用の座位分娩台スペースメールが完成、発売いたしました。
 しかし大学病院や助産師学校など教育期間では、今なお、従来の仰臥位分娩による分娩の教育が行われています。また、分娩体位の一つの方法として、座位分娩で書かれた産科の教科性はまだありません。座位分娩で書かれた産科の教科書が一日も早く登場することを願っているところです。
 医学生や助産師学生用の教科書はさておき、じっさいにお産を取り扱っておられる産婦人科の先生や、これからお産をしようとしておられる妊婦さんに、座位分娩を理解していただくためのガイドブックがまず必要ではないかと考えました。
 最近インターネットの普及は目覚ましく、私なども多くの医学情報を瞬時に手に入れたり、劇場のチケットや航空券の手配、仕事上や患者さんとのメールのやりとりに大いに利用しています。1999年、私は理事長を務めています「ペリネイト母と子の病院」もホームページを開きました。そこで、全部かけてから発表するのではなく、当院のホームページに書けたところから掲載させていただきました。書くのが遅く、稚拙な私でも何とか最後まで書き上げることができましたが、難しい専門用語を並べるのではなく、日ごろ妊産婦の方に、外来診療中や分娩入院中にお話をしているような雰囲気で、話を進めていけたのではないかと思っています。
 今回、一応掲載を終了しましたので、訂正を加え、本として発行することになりました。つたない文章ではありますが、座位分娩台を作成した者の立場から、座位分娩の魅力、在分娩の優れた点を多くの方に知っていただき、在分娩の発展を願い書きましたので、多くの妊婦の方にお読みいただければ幸いと思います。
平成14年1月 著者 田淵和久

1-1.イヌのお産にあやかりたい

 

第1章 ヒトのお産:1.イヌのお産にあやかりたい

 私の病院では、どこの病院にでも見られるような紙のカルテは、まったくありません。
 診療は、すべて電子カルテを使っています。
 医師は日本語で、症状、所見の記入、おくすりの処方箋、注射箋の発行、検査の指示などを、患者さんの目の前で、パソコンに入力します。
 患者さんが納得された上ですべての診療が行われるようにしております。
 もちろん要望があればカルテをお見せしたり、印刷してお渡しすることも可能です。最近厚生労働省も、そのような方針を打ち出したようです。
 コンピューターの中には、薬の情報集、患者さん向けの説明資料、医学辞書など診療に必要なほとんどの資料が入っています。机の上にあるのは、液晶ディスプレーとキーボードと電話だけです。
 電子カルテの中では、それぞれの妊婦さんの予定日をもとにした妊娠カレンダーをつくることができますので、健診の時に差し上げています。
 そのカレンダー妊娠5ヶ月の欄には「犬の日」が、イラストで示されています。「犬の日」に着帯する週間hあ、いつから始まったのかよくわかってはいません。欧米では行われていないのを理由に、日本でも着帯は不要とする考えもあります。
 しかし、暑い夏、薄着ですごす妊婦には、クーラーは冷えすぎています。一方、寒い冬、セントラルヒーティングの発達していない日本では、腹帯には妊婦のお腹を冷やさない効果があるのです。お腹を冷やすと、子宮が収縮することがわかっているので、狭い子宮の中で赤ちゃんは大変です。
 また、私達医師や妊婦さんご本人がいくら努力しても、妊婦に伴う合併症が発症することもあれば、障害を持った赤ちゃんが産まれることもあ

ります。安産を願う気持ちはみんな同じですが、人間には、この運命をどうすることも出来ません。最終的には、神様にお願いするほかなさそうです。
 日頃行くことのない神社にお参りして、イヌにあやかって安産であいますよう頭を垂れて祈り、着帯する風習は、宮中に限らず今でもなお大切にして良いのではないでしょうか。
 なぜ安産の代表とされるイヌのお産は楽なのでしょうか。少し説明いたしましょう。
 イヌのように、4本足で歩く哺乳動物を、四足(しそく)歩行動物と言います。2本足で歩くヒト以外の哺乳動物は、すべてこの四足歩行動物に分類されます。これらの動物は、野生で生活しているので、当然一人でお産をしなければなりません。
 いったん始まると身動きができないお産の最中に、てきから襲われる危険性は非常に高くなります。そこで彼らはお産をなるべく短時間に済まさなければなりません。

 ヒト以外の動物では、お産が楽に速やかに進むような仕組みが出来上がっているのですね。

1-2.サルのお産

第1章 ヒトのお産:2.サルのお産

 私は学生の時、京都大学の今西錦司教授から文化人類学を学びました。先生は、「地球上に存在するすべての生物は、その周囲の環境に合わせて棲み分ける」という理論を講義されました。

 当時、大変な感銘を受けた記憶があります。

 いわゆる先進国が、今日のような少産少子化の時代を迎えるようになりますと、先生のお話が、人類への辛らつな警告であったのではないかと思っています。

 先生の棲み分け理論で行きますと、日本では、お産が増えることは当分ないような予感がいたします。

 また、人間に一番近いサルのお産の話も、今西先生から聞きました。最近、今西先生のお弟子で、京都大学霊長類研究所教授であり、また、産婦人科でもある大島先生が書かれた文章を目にしました。

 大変よくまとめてありましたので、人間のお産を語る前に、その文章をお借りして、サルのお産をご紹介いたします。

 

【ニッポンザルのお産】

埼玉県長瀞公園で、2人のさいたま大学生が8mmカメラで撮影した記録。『通常動物は、的に襲われない夜間にお産を済ませてしまいますが、その時は、幸いなことに夕方から出産が始まった。1頭のメス猿が座り、両手を水平にあげて、体の上下運動を始めた。その動きは1~2分おきであった。手は交互に頻繁に出口部に持っていく。開口の具合や児の進行をチェックしているかに見える。出口部が膨らみ、それは、なんと赤ん坊ザルの顔面である。顔面位でも、猿には問題にならない。四足歩行の産道は真っ直ぐである。

 手による、出口部のチェックが頻繁になる。やがて児の頭が出る。

 母サルは、すばやく赤ん坊の首をつかんで、自分の前胸部に運ぶ、ねれた赤ん坊の体を、隅々までなめ回す。

 なにかにとりつかれたように、その動きは激しい。

やがて、胎盤を引き出す。

 西日はさらに傾き、周囲はなにごともなかったように、夜のとばりに閉ざされていく』

 ここで、フィルムは終わるのである。

大島教授は、サルのお産の特徴として

①座産である。

②お産は夜中に終了する。

③母ザルは生まれた子をすぐ抱き、児ザルも母ザルの体毛をつかんでずり落ちることはない。

④生まれた児を必死になめまくる。

とまとめておられます。

 人間のお産を説明する前に、ずいぶん長い前置きが続きましたが、少し記憶しておいてください。

1-3.ヒトのお産

第1章 ヒトのお産:3.ヒトのお産

 私たちヒトの先祖である「クロマニヨン人」や「ネアンエデルタール人」も、このサルのように、独りで座ってお産をしていたのではないかと考えられます。

 地球が、約50億年前にできたとき、最初に海ができました。海の中に住む生き物が次々に進化して、ついには、地上に住むようになりました。

 その中で、もっとも進化した生物が、脊椎動物門哺乳綱霊長目ヒト科に分類される人間で学問的にはヒトと呼ばれます。辞典によれば、「脊椎動物門哺乳綱は、一般的に哺乳動物といいますが、哺乳動物は、血液が暖かく、肺によって呼吸します。基本的には胎生で、雌は、皮膚線の変化した乳腺から乳を分泌し仔を哺育します。皮膚には毛またはその喧嘩物があり、大脳は発達し複雑な行動をとる」とあります。

 ですから、ヒトのお産も基本的には哺乳動物と同じと考えてよいのです。しかし、ヒトは、

①サルのような格好で座るお産はいたしません。

②通常1回のお産で産むのは一人です。

③お産は夜中だけとは限りません。

④産まれるとお母さんは抱っこしますが、短時間で、子供は自分のお母さんにさばっておくことはできません。

⑤生まれてすぐに歩けません。

⑥お母さんが赤ちゃんをなめることはありません。

など、他の動物とは違ったお産をします。またお産そのものも、サルのような座り方ですることは、実はそれほどたやすいことではないのです。

1-4.ヒトだけが2本足で立って歩く

第1章 ヒトのお産:4.ヒトだけが2本足で立って歩く

 サルとヒトのお産を比べる前に、ヒトの動物学的な特徴をますお話ししましょう。

 脊椎動物門哺乳綱霊長目ヒト科に分類されるヒトは、「下肢で直立歩行し、上肢は手の機能を果たすようになり、地上生活を営み、道具を使用し、さらに大脳の著しい発達によって、言語、思考、理性の能力、また、文化的想像の能力を有するに至ったもの」と辞書にあります。

 すなわち、直立歩行できることがその他の動物との大きな違いなのです。

生まれたばかりで歩けないヒトの赤ちゃんには、土踏まずがありません。ヒトに近いゴリラやサルも2本足で歩くことはできますが、土踏まずはなく、通常は前傾姿勢で四足歩行をしている動物です。

 ヒトの赤ちゃんは、歩行を開始すると土踏まずが形成されてくるのも、ヒトが直立歩行する証拠の一つです。同じ霊長目に属するゴリラとヒトの姿勢を比較してみますと、ヒトは同一鉛直線状に頭蓋、脊柱、下肢が並んでいるのがよくわかります。

 一本の棒の上に、頭が載っているのと同じですから、頭のバランスを保つのに大きな力を必要としません。頭を引き上げ、顔を前方に向かわせるための筋肉が少なくてすみます。

 ヒトは、このようにして脳の重量が次第に増加し、知能を大いに発達させることが出来るようになったのです。一方、頭が脊椎の前方にある他の脊椎動物では、頭を引き上げ、顔を前に向けるためには、強力な筋肉が必要になってきます。しかし、筋肉の増強には限度がありますので、これら四足歩行動物は、頭蓋を大きくすることは出来ませんでした。

 頭蓋が大きくなり脳が発達した恩恵で、人類は幸せになることができたのですが、お産をして、次の世代を育てなければならない女性には、大変苦痛を与える結果となってしましました。

 

1-5.ヒトのお産は難しい

第1章 ヒトのお産:5.ヒトのお産は難しい

 私たち人間に一番近い霊長類で、お産を比較してみます。

 ヒトの赤ちゃんは、その他の霊長類とは比べられないほど骨盤の入口の大きさに比べ頭が大きいことがわかります。骨盤と赤ちゃんの頭の関係は、動物の種類で違うのですが、イヌなど霊長類以外の四足歩行動物では、もっと頭が小さくなります。赤ちゃんの頭が大きければお産が難しいことは容易に想像できますね。

 実際人間の場合、初めて赤ちゃんを生むときは、陣痛が開始して産まれるまで、平均して14時間もかかるのです。

 そういう意味では、どんなに安産の方でも、ヒトのお産はなかなか難しいと言えます。

 また、ヒトは骨盤の形を比較しても、お産に適した形をしておりません。

 2本足で立つヒトの場合、支えられているものが脊柱から離れるだけ脊柱への負担が大きくなります。

 そこで、内蔵が脊柱にかかる負担を軽くしようとして、内臓は体の中心にある骨盤に集まってまいります。

 そのために、上半身の体重と内臓のすべての重さが骨盤にかかるので、それを回避するために、ヒトの骨盤は横に広く、また、浅くなりました。

 また、骨盤誘導線は後方に曲がって、重力のかかり方を減少させています。

 大きな頭を出すためには、骨盤の出口は広い方が有利です。

 しかし、それでは上半身と内蔵の重みを支えられないので、出口は狭く、前方に屈曲していることも、ヒトのお産が難しくなった原因の一つです。

 また、骨盤の大きさに比べて赤ちゃんの頭が大きいこと、ヒトの子宮の入口が、大変固く出来ていることが、さらに、お産を難しくしています。

 ヒトは、立っているときも、座っているときも、脊柱は直立していますので、子宮の入口は、ほとんど下方にあることになります。

 そのため、赤ちゃんの重力は、直接子宮の入口にかかってしまいます。妊娠中に、赤ちゃんが落ちないように、ヒトの子宮の入口はとても硬くなくてはなりません。一方、陣痛が始まった時は、今度は、子宮の入口はやわらかくなって速やかに開大しなければお産が進行いたしません。ヒトでは、その子宮の入口が硬いので子宮口が結に開かないという難題が待ち構えているのです。

 しかし、神様は、そんなヒトを可哀想に思われたのか、2〜3の工夫をしてくださいました。その一つが、赤ちゃんの頭蓋が変形して、お母さんの狭い骨盤の中を少しでも通過しやすくできる仕組みです。頭蓋を形成する頭頂骨、側頭骨は隙間が開いていて、お産のときはお互いの褒めが重なり合って、骨盤に合わせて変形することが出来っるのです。(骨重積)もっとも、頭蓋骨の形成が未熟ということは、体全タモヒトでは未熟なままお産をするということを意味いたします。イヌの赤ちゃんは、産まれると間もなく歩くことが出来ますが、ヒトでは、1年以上もかからないと歩くことが出来ません。

 ヒトの赤ちゃんが、手をかけないと育たないのは、お産を少しでも軽くしなければならない仕組みが原因だということがわかります。

 一方、イヌや牛の場合は、4本足で立っていますので、子宮の入口が横にあります。

 イヌの赤ちゃんの重力は、下方に向い、子宮の入口を圧迫しません。したがって、子宮の入口は柔らかくても、早産などの心配がなく、お産のときは簡単に開いてお産が楽に終了します。さらに、骨盤の誘導線と子宮の長軸が平行になっているので、赤ちゃんの回旋は全く問題とならず、どんな回旋をしてもお産はスムーズに進行します

 また、骨盤に比べて赤ちゃんの頭が大変小さいので、これもお産が楽な要因となっています。

 また、敵が多いので、なかなか成獣にまで育ちません。そこで一度に多くの赤ちゃんを産むのです。一つ一つは小さくなりますが、子宮の中で頭も体も充分発育するのを待ってからお産を始めることが出来るのです。

1-6.ヒトにしかない妊娠中毒症

第1章 ヒトのお産:6.ヒトにしかない妊娠中毒症

 2本足で歩くヒトのお産が難しいことを説明しましたが、その他に人であることが原因で鳴る病期があります。それが妊娠性高血圧症(妊娠中毒症)です。

 妊娠すると、みなさんが手にされるのが母子手帳です。妊娠健康診断では、その母子手帳に記載されている項目をチェックします。その項目は全て妊娠中毒症関連と言い切れるほど、妊娠中毒症は妊娠にとって大変重要な病気と言えます。

 なぜ、日本足で歩行すると妊娠中毒症になるのか「風が吹けば桶屋が儲かる」式の論法で説明します。

 子宮は、妊娠末期になるとお腹の中一杯になります。お腹一杯になった巨大な子宮の前面は、特に初めてのお産の方では、腹壁が硬くて伸びないので、お腹の内容物を後ろの脊椎に押し付けることになります。硬い腹壁と後ろには脊柱があります。

 子宮と脊椎に挟まれた大静脈と大動脈は圧迫されますので、腎臓を流れる血液も減少してきます。このことにより、腎臓の働きが悪くなり、尿の中に蛋白が漏れるようになります。また、高血圧の要因が加われば容易に高血圧症となるのです。大静脈の圧迫により、下肢の静脈を流れていた血液は、心臓になかなか戻らなくなり、浮腫もくるようになります。

 妊婦が高血圧症になると、赤ちゃんに充分な栄養と酸素が行かなくなり、発育が止まったり、お母さんがけいれんしたり、大出血したりと大変重症な病気になっていきます。

 これに比べて、四足歩行動物は、脊柱がちょうど天秤棒の役目を果たし、両端をかついで子宮をぶら下げたことになりますので、子宮と脊柱の間に隙間ができ、腹部大動脈は圧迫されません。腎臓の血流は保たれ、機能は失われることがないので、妊娠中毒症は無いということになります。

 このように、2本足で歩くヒトのお産は、他の動物とは比較できない難しいヨウ素を多く持っていると言えるのです。

2-1.道具を使う人間

第2章 人間のお産:1.道具を使う人間

 

日本人の平均寿命は、いまや80才になりました。

厚生労働省発表の文章の中に、0才の平均寿命というのがあります、

 

年次

1891~1898

明治24~31 42.8 44.30

1921~1925

大正10~14 42.06 43.20

1925~1936

昭和10~11 46.92

49.63

1965

昭和40 67.74

72.92

1995

平成7 76.36

82.84

1999

平成11 77.10 83.99
2000 平成12 77.64

84.62

 

  明治の半ば、1900年頃と言えば、日本も諸外国に対して開国し、江戸時代から一気に近代化して、生活が全国的にもかなり改善されてきたころです。

 そのころ日本人の平均余命はわずか43才だったのです。昭和11年ころにようやく人生50年の時代を迎えます。

第二次大戦後は、生活が急速に豊かになり、昭和33年、私が中学生になった時、皇太子(現上皇)の結婚式をみたいという母の希望で、我が家にもようやく白黒テレビが購入されました。

 そして、昭和40年私が大学に入った頃は世の中にはものがあふれるようになり、もちろん私は学生でしたのでお金はありませんでしたが、不自由さはまったく感じておりませんでした。

 わずか100年間で平均寿命はバイに延びたわけで、それまでの人間の長い歴史からいうと、あっという間の出来事で驚異的なことです。

 人間が2本足で歩行するようになり、垂直の脊柱の上に思う頭蓋骨をのせることができましたので、他の四足歩行動物に比べ飛躍的に知能が発育しましたが、近代になって、一気に花が開いたと言えるでしょう。

 頭蓋骨がおおきくなることは、すなわち脳が大きいことを意味します。

 大きな脳によって知能は大いに発達しました。

 歩行に不要になった前肢は手と呼ばれ、非常に細かな作業が可能となり、次々と道具を発明します。

 ヒトから人間への進化とでも言えましょうか。

 このことは、NHKテレビで放映された、類人猿ボノボの研究でも明らかです。

 ボノボはアフリカ中央部に住む類人猿で、チンパンジーによく似ていますが、大きな違いは、2本足でかなりの時間生活が出来るということです。

 彼らは、人間の言葉を理解し、ハサミなどの道具を使うことができます。

 最近の研究では、人間の心理を理解するともいわれています。このように2本足で立って歩くことが人間らしさの出発と言えるのです。

 道具を使い人間の暮らしは大いに楽になっていきました。

 イギリスに起こった産業革命や第二次大戦後の世界的な目覚ましい技術革新。植民地は解消され、人種、民族間に大きな格差があるものの、一応世界中に文化、文明の恩恵が行き渡ることが可能になったわけです。

 人間は計り知れない富と文化の恩恵を手に入れることができました。

 しかし、本当に残念なことに、地球環境を破壊したことと、ことお産に関しては、まったくと言っていいほど進歩をしていません。むしろ都市型難産といわれるように、難しいお産が多くなりました。

 近年の電子機器の発達には目覚ましいものがありますが、なぜか、人間は古来よりお産のための良い道具を手にすることができませんでした。

 私は、お産を女性の側だけに押し付け、個人的負担に任されていたのが、その大きな理由だと思います。

 日本でも近年までは、側女(そばめ)とかいう方法で、一夫多妻という状態が許されておりました。経済的、社会的地位のある人は、多くの女性に子供を産ませることにより、自分の子孫の継続が計らえたわけです。7

 明治32年に出生100000に対する妊産婦死亡率は449.9と非常に高い数字を示しています。さらにもっと昔は、将軍の妻という当時最高の医療を受けることができた人たちでも、お産で母体の命が奪われることはごくありふれたことでした。

 また、現在では考えられないようなことが、はしか、みずぼうそうなどの病気が、多くの子供の命を奪いました。

 種の保存という動物学的理由では、一夫多妻に必然性があったといえます。

 しかし、政治にかかわる立場の人には、今でもそうですが、個々の女性がどんなお産をしようが、そのことに関心があったとは考えられません。やむなく、産婦は紐につかまる、しゃがみkんでお産をする、布団に横たわってお産をする、椅子に座ってお産をするなど、民族や地方によって、それぞれ工夫して行っていたと考えられます。

 私どもが考案したスペースメールが誕生し、日本の在分娩が始まりました。

2-2.人間のお産の歴史

第2章 人間のお産:2.人間のお産の歴史

 動物は、誰の助けも借りず自分ひとりで、自然の摂理に従い、各々の種に応じた方法でお産をします。

 動物のお産は一般的には暗くなって始まり、夜中のうちに済んでしまいます。それは、日中は明るいので敵に見つかりやすく、襲われる可能性があるからです。

 お産を軽く済ませるために、人間以外の四足歩行動物は、骨盤の大きさに比べて赤ちゃんの頭が大変小さくできています。

 また、生まれた途端に歩くことが可能でなければ、敵に襲われる可能性から逃げることが出来ません。お母さんのお腹の中で、赤ちゃんは充分に生育をすませて出てきます。

 一方、人間も太古の昔から本能にしたがい、それぞれの経験の中で、さまざまな格好をしてお産をしていたと思われます。古代の芸術品、出土品、古代文書の中にもお産に関すr者が多く見られます。その後も各民族、地方によってお産の方法は全く違っていたと想像されますが、ヨーロッパでは早くから、分娩椅子によるお産も行われていました。しかし、分娩椅子は分娩が楽に経過するようにと考えられたものではありません。高貴な人が羞恥心を逃れるためのものであったので、解除する複数の人間が必要であり、お産が長時間になれば、産婦にも介助者にも大変つらい姿勢を強いられました。

 日本では、第二次大戦以前は、自宅の畳に敷いた布団の上で、産婆さんが介助していました。横になってするお産、あるいは重ねた布団に体を預けた格好でお産が行われていたものと思われます。

 18世紀、フランスの王室産科医モリソーが、それまでの分娩椅子に変わり、ベッドによるお産を提唱したと言われています。

 当時のフランスは巨大な力を持っており、他の国に対しても社会的影響が強いのでそれ以降、大体世界中で横になってのお産が広まったと言われて居ます。

 1824年、アメリカでウイリアムデービスは、横臥背臀足位と呼ばれる分娩体位を提唱し、以後世界各国においてこのスタイルが主流を占めることになりました。

 明治になって、時の日本政府は急速に外国の文化を導入しましたので、日本でも横臥砕石位が広まってきました。

 しかし、1979年カルディロ・バルシアは、横臥背臀足位が人間のお産としては不自然で、解除する人のためにあるとし、座位分娩の有用性を発表しました。

 しかし、その当時の分娩台は道具として、座位分娩をすることに適していなかったので、しゃがみ産などが提唱されたのだと思います。

 1981年、センチュリー社の分娩椅子が日本でも輸入され、わずかな施設で座位分娩が試みられましたが、使用に不自由なためか、すぐ製造中止になりました。

 1979年、私は産婦人科医院を開業しましたが、それ以来、お産を本当に考えるようになりました。

 1984年、私どもの座位分娩台スペースメールが誕生し、日本の座位分娩が始まりましたが、それは、ある日、さかごのお産をしている時に、「なぜ正面から介助するの?」というさりげない妻の言葉からでした。

3ー1.座位分娩がすばらしい

第3章 座位分娩

1.座位分娩がすばらしい

(1)座位分娩とは

  座ってお産するスタイルが、座位分娩と呼ばれています。

 しかし、一口に座ると言っても、学校にあるような背もたれが硬く直角な椅子もあれば、応接室の椅子、社長の椅子など様々な椅子があります。

 座位分娩の定義はきちんと決まっているわけではありません。背中を起こすと、産婦さんの視線は前方に向きますので、娩出期にこのように状態を起こしてするお産を座位分娩と定義して良いと思います。

 状態を起こす角度にも決まりはありませんが、娩出期以外は、産婦さんの自由にまかせるという意見が大勢を占めています。

 座位分娩台を使用した場合は、骨盤解剖学的分析では、角度40度から45度が座位分娩としての状態を起こす良い角度になります。

 リラクゼーションで使う安楽椅子を想像してもらうのが、一番適当だと思います。

 分娩は、

 分娩第一期(開口期)・・・分娩が開始して子宮口が全開大するまで

 分娩第二期(娩出期)・・・胎児が母体外に娩出されるまで

 分娩第三期(後産期)・・・胎盤が娩出されるまで

の三期に分けられます。

 それでは、分娩のいつの時期から座るのでしょうか?

 子宮が全開大するまでの分娩第一期は、胎児の監視を充分行っていれば、産む人の自由で良いというように最近では考えられています。

 実際は、分娩の第一期(開口期)の極期ともなると、大半の方は、歩くのが苦痛ですから、ベットの上にいることを選択されます。

 私は、この時期から上体を起こす座位をとるのが良いと考えています。

 

(2)なぜ在分娩が良いのでしょうか?

 「ハイ!オシッコシマショウネ」

 やっとオムツがとれるころ、幼児の背後からお母さんが、仏桃を抱えて「ハイ、シーコッコ」などと言いながら、おしっこをさせているのを皆さんは見られたことがあるでしょう。

 幼児は、足をぶらぶらさせながら、おしっこをしていても決して力を入れていません。

 そのとき幼児の背中は45度から50度に傾き、大腿部はお腹に引き付けられています。

 お産は排泄行為と同じ仕組みと言われているように、これこそ人間らしいおさんの原点なのです。

 

(3)座位分娩がなぜ優れているのでしょうか?

 座位分娩のすぐれている点は

 ①産婦さんの視線の高さと介助者の視線の高さが同じで産婦さんが安心できる。

 ②出口が狭く、前に曲がっている人間の骨盤の解剖学的特徴に合った分娩体位である。

 ③お産の経過が早いので産婦さんが疲れない。

 ④お産が済むと、赤ちゃんを直接胸に抱くことができるので母児の触れ合いに優れている。

 ⑤子宮の血流が良いので赤ちゃんの状態が良い。

 ⑥胎児監視(赤ちゃんの状態を調べる)が容易である。

 ⑦お産の介助が楽である。

などの利点があることが分かっています。

それらの利点については、次の章で解明したいと思いますが、私はその利点の中で「目と目の見つめ合い」が一番大切だと思います。

「目は心の窓」と言いますが、お産をしている途中の産婦さんの目は、不安に満ちています。もし仰臥位で上向きに寝ていたら、見えるんは通常、汚い分娩室の天井です。

 私どもの病院の分娩室は、そんな汚い天井をなんとかしたいと考えた結果、手作りで天井に双子座、大犬座、小犬座、白鳥座などの星座が浮かび上がるようにしています。“星の部屋”と呼んで、少しでも産婦さんの心が休まるようにと考えられています。

 また、仰臥位では、周囲にいる助産師や医師を、産婦さんは見上げることになり、逆に、私どもは、産婦さんを見下ろすような格好になるわけです。

 一方、座位分娩の時は、産婦さんの目と、解除する私どもとの目は同じ高さにあります。

 人間の心理として、見下げられるより、高さが同じで見つめ合うほうが、安心感が増して良いに決まっています。

 それが、座位分娩の一番の利点だと言って良いでしょう。

 最近、目と目とを合わせない親子が気になっています。赤ちゃんにミルクを与えながら、お母さんは、テレビばかり見ているとか、叱るとき、駄目な理由を充分説明せず、ただ大きな声で「だめでしょう」をくり返すお母さんなど。

 時には「お医者さんに叱られるでしょう!」と私どもの医師を借りて叱るお母さん。

 子どもと同じ高さの目線で、目止めを合わせてお話することはとっても大事です。

 いつも注意深く赤ちゃんを視ているお母さんが「うちの子どもの様子がおかしいんです」と電話があったときは、急いで病院へ運んでこられるように言います。そういう時は、説明も具体的で、また、子供さんは本当に治療を必要としていることをしばしば経験しています。

 その一方で、お母さんは流行の服を着て、きれいにしているけれども、子どもの福や体が汚いお母さんの場合は反対です。子どもの状態をよく把握しておらず、説明は的確ではなく、なんでもないのに慌てていたり、重い病気なのに、連れてこられるのがおそかったりすることがあります。

 

(4)座位分娩は自然分娩?

 2本足歩行するために、頭蓋、脊柱、下肢は同一鉛直線上に並びます。

 その結果、人間の骨盤の入口面は水平面に対して60度開いてバランスをとっています(骨盤傾斜角)。また2本足歩行するために腹部の諸臓器は下方、胎盤に集まってきます。そこで、諸づきを落とさない工夫として骨盤は後方に曲がって居ます。また下方に行くほど狭く出口は前方に曲がっています。このような人間の自然の形と考えると、人間は分娩の時には必然的に座位分娩となるのが理屈にあっています。

 背中を45度前後起こした座位分娩は、赤ちゃんが出やすいしゃがみ姿勢に近く、骨盤入口面を水平にした、自然の理にかなった分娩だといえます。